福島地方裁判所 昭和24年(ワ)94号 判決
原告 佐久間トミ
被告 菅野一平
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は、被告は原告に対し金二十万円を支拂え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、一、被告は昭和二十四年八月十六日旧盆の際平常親交ある訴外渡辺登(秋山メリヤス工場員)及び小中宇吉等を自宅に招いて酒宴を開き、相当醉いのまわつた後、小中が帰宅するにあたつて、被告所有の小型貨物自動車(ダツトサン車輛番号福島縣第四九一号)に同人を乘せ、被告も同乘し、右渡辺を使用して運轉せしめ、小中方え送り届け、小中とともに被告も連れ立つて宅内に入り、客人となつて、再度酒宴を始めた。二、渡辺は、被告の帰りを待つ間、附近の兒童五人と原告の長男染谷正(当年七歳)とを、該自動車に誘い乘せて、福島市大字渡利字大久保五十一番地先き道路より約千米を隔つた、字小倉寺鬼石二十三番の二附近まで運轉して行つたが、操縱を誤つて同所道路上から高さ約四米の阿武隈川に沿うた右側土堤下に、該自動車を墜落轉覆させ、乘車していた原告の長男正の頭部を右車体に激突させ因つて同人の頭蓋骨を粉碎即死せしめた。三、この場合、被告は渡辺登を使用して、該自動車に小中宇吉を乘せて、同人宅まで送り届けるため運轉操縱させた以上、例え臨時的のものであつても被告の業務を遂行させたものであり、被告は使用者、渡辺は被用者たる地位にあつたもので、渡辺は被告の業務に從事したものと認めなければならない。更に被告が小中宅に入り渡辺が被告の帰るのを待つていた間は、該自動車の管理支配は被告から渡辺に委したものであつて、この間において原告の長男正に、該自動車に依つて加えた過失殺の行爲もまた、被告の業務執行中に加えた、不法行爲と認めなければならない。また、渡辺は小型自動車運轉の免許は持つているが平常運轉を専業としていないのみならず、当日は泥醉していたので危險を伴う自動車を運轉するには、最も不適当であつたのである。四、よつて、被告が渡辺登を使用して、被告の自動車運轉の業務遂行中、原告の長男に加えた過失殺の行爲に対しては、使用者たる地位において、しかも被用者の選任監督を誤つたのであるから、原告に対し慰藉料並びに損害金を支拂う義務がある。五、原告は昭和十五年五月十三日、亡染谷増太郎と婚姻し、被害者正は両人間に生れた唯だ一人の子であり、夫増太郎は昭和二十一年二月中戰死したので、亡夫の血のつながりにはかけがえのない大切な子供であり、原告にとつても自分の生んだ唯一人の子である。苦難な処世にあつても、この正が、可愛い唯一の慰安者であつて、その將來の成人をのみ樂しみとしていたものである。原告は昭和二十四年五月二十六日現在の夫佐久間喜一と婚姻したが、この母子のきずなの情を了解してもらつて嫁したのであつた。(原告は再婚後子供が無い)今や唯一の、しかも生涯の慰安者である長男正は、不慮の死に遭い、原告の心の痛手は言語に盡し難く、断腸の思いである。かかる事情に鑑み、使用者たる被告が原告に支拂う慰藉料は金二十万円をもつて相当と信ずる。よつて民法第七百十五條の規定に依り慰藉料の支拂いを求めるため本訴に及んだ次第であると述べ、
被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因中、一項被告が昭和二十四年八月六日旧盆の際、自宅で渡辺登、小中宇吉等と飲食を共にしたこと、その後被告所有の小型自動車に右小中と同乘し、右渡辺がこれを運轉して小中方まで赴いたことは、これを認めるが、同二、五項は不知、その他の事実は否認する。当日の酒宴は、被告においてこれを催したものでなく、たまたま被告方に來合わせた二瓶柳治の強いての提案で、旧盆を利用してメリヤス業者の懇親宴を開くこととなり、小中宇吉及び秋山メリヤス工場雇人渡辺登に連絡し、にわかに会合したものであり、そして宴終了後被告は、右小中を恒例により、同人宅まで送り届けようとして自動車の準備をしていると、右渡辺が被告の制止を肯かずに、自動車の運轉者席に上り、ハンドルを握つて仕舞つたのであるが、同人は小型自動車の運轉免許証所持者であり、運轉に支障を來すほど酩酊していなかつたので、被告は右渡辺のなすに任せて小中方に赴いた。しかし渡辺は、被告にとつては当日の酒宴の客人であるのみならず、秋山メリヤス工場の被用者であつて、被告との間に雇傭関係は全く存在せず、從つて被告が同人を使用して自動車を運轉せしめたものでなく、同人が勝手に該自動車の運轉をなしたものであるから、被告と右渡辺との間に使用関係の成立する謂れはない。また被告が小中方で少時間同人と用談した事実はあるが、同人方で再度酒宴を催した事実はない。仮りに右渡辺が原告主張の如き事故をひき起したとしても、それは被告等が目的地である小中方に到着した後のことであり、被告が小中方屋内に入り、同人と用談中、右渡辺が被告の許諾なくして、被告不知の間に勝手に該自動車を操縱して、事故を起したものであるから渡辺の右行爲は、被告の業務執行としてなされたものでない。被告としては小中方に到着後、渡辺の姿が見えないので、先きに帰宅したものと考えていたのである。すなわち、被告は小中方で用談中右渡辺に対し、更めて該自動車の監視保管を委託したことはなく、かつ被告の帰宅のため同人に対し、更に該自動車の操縱を依頼した事実もない。被告もまた右渡辺と同様に、小型自動車の運轉免許証所持者であり、敢て自己所有の該自動車の運轉につき、一々他人の手を借りる必要がないのである。まして右渡辺が、原告の主張するが如き事故を起したとしても、それは被告が小中方屋内で同人と用談中、その不在に乘じ、性來の子供好きから、自己の娯樂のために、被告方住居と反対の方向、すなわち福島市浜田町と正反対の、伊達郡川俣町方面に至る道路上を操縱疾走しているうちの事故であり、もとより右渡辺の行爲は、被告の命令とか、委託した事業の範囲内のものということはできない。被告と渡辺との関係は前叙のとおりであるから、同人の選任とか監督とかについて、被告の責任云々の問題を生ずる余地は全くない。要するに、右渡辺の不法行爲と被告との間には関連性がないもので、原告の主張は悉く失当を免かれないものであるから、到底その請求に應じ難いと述べた。
<立証省略>
三、理 由
原告の本訴慰藉料は、被告の被用者である渡辺登が、使用者である被告の事業の執行につき加えた損害であると主張して、民法第七百十五條の規定により、被告に対しこれが賠償を求めるものである。思うに、或事業を経営するため他人を使用する者は、これにより自己の活動範囲を拡張し、これによつて利益を拡大するものであるから、その活動範囲と関連する損害の発生について、一定の責任を負わしめることを妥当とすべく、使用者の責任に関する民法第七百十五條の規定のあるところで、同條の責任を発生せしめる使用者被用者たるためには必ずしも民法上の雇傭関係が存することを要せず、一時的の関係なりや否やも問わず、また事業の性質如何を問わないものと解せらる。しかし、自己のため或人をして或事に当らしむる如何なる場合たるを問わず、その人がその事を行うにつき、第三者に加えた損害を賠償するの責に任せざるべからずとせんか、被害者にとりては利便なると共に本人にとりては酷に失するというべく、被用者の不法行爲に対して使用者の責任を論定するに当りては、特に前後の事情を斟酌して、同條の適用の有無を判断するを要し、ひたすら被害者をあわれむに急なるの余り、知らず識らず使用者の責任を過重ならしめるようなことは努めて避けなければならない。すなわち、本條の規定の適用ある場合は單に或る事業のために他人を使用するという関係あるに止まらず、被用者が事業を執行し得る関係と、使用者は被用者に対し、事業の執行につき必要な命令を下し得られ、被用者にありてはこの命令に從うべき関係が、両者間に存する場合であると解するを相当とし、このような服從の関係は如何なる場合に存するやは、各場合の事実問題に外ならない。本件において訴外渡辺登が、被告の被用者たる地位に立つていたか否かにつき勘案するに、右渡辺が秋山メリヤス工場の被用者であつたこと、昭和二十四年八月十六日事故当日、被告宅で渡辺登、小中宇吉等と飲食を共にし、被告所有の小型貨物自動車に小中を乘せ、渡辺がこれを運轉し、被告が同乘して小中宅まで送り届けたことは当事者間に爭いがない。証人渡辺登、小中宇吉の各証言及び被告本人の供述を総合すると、被告はメリヤス業者であるが、昭和二十四年八月十六日旧盆の際、被告方に來合わせた二瓶柳治の提案で、同業者の小中、渡辺に連絡し、被告宅に会合して酒宴を催し、そして宴が終ると被告は、メリヤス業の先輩である指導的立場にある小中が身体が不自由なので恒例により、同人宅まで送り届けようとして、被告所有の小型自動車を用意したところ、渡辺が被告の制止を肯かずこれを運轉し、小中を助手台に乘せ、被告は後部荷物箱に乘つて小中方に赴いたこと、渡辺は秋山メリヤス工場の職員であり、当日酒宴の客人であつて、被告との間に雇傭関係存せず、また被告が同人を使用して、自動車を運轉せしめたものでなく、却つて渡辺の自発的意思により、被告の意に反して運轉操縱したものであることが認められる。次ぎに、証人永倉三良、小中宇吉、渡辺登の各証言及び被告本人の供述を総合すると、被告等が小中方に到着し、被告が小中方宅内に入り用談中、渡辺は運轉して行つた右自動車の方向を轉換していたとき、附近の兒童が集つて來たので、渡辺は五、六名を乘せて川俣街道方面まで一廻りして、また元の所から原告の長男正を加え六名を乘せて、川俣街道をドライブ中、運轉を誤つて阿武隈川堤下に墜落轉覆させ、乘つていた正を死に致した事実はあるが小中宅で被告等が降りてから、渡辺が自動車をバツクさせることについて、被告から何の指揮をしたことなく、被告の知らぬ間に、渡辺の自由意思によつて、兒童を乘せ運轉操縱し、事故を起したものである。すなわち、被告もまた渡辺と同様に、小型自動車の運轉免許証を有し、敢えて右自動車の運轉につき、他人の手を借りる必要がなく、被告が小中方から帰宅のため、渡辺に対し更らに該自動車の操縱を依頼した事実もなく、被告は唯だ單に自動車の所有者であるというに過ぎない。なお、原告は、右渡辺は小型自動車運轉の免許は持つているが、平常運轉を專業とせず、かつ、当日は泥醉していたので、危險を伴う自動車を運轉するには、最も不適任であつたと主張するも、証人渡辺登、小中宇吉の各証言によれば、渡辺は被告宅における酒宴で酒とビールを飲んだが、そう醉つては居らず、約十分位かかる小中宅までの運轉には、差支えなかつたことが推認せられる。以上の理由により、本訴請求原因事実は、使用者の責任に関する、民法第七百十五條の規定に該当する場合でないから、原告の請求を失当としてこれを棄却する。よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九條を適用して主文のように判決する。
(裁判官 齋藤規矩三 黒江清 野村喜芳)